読書感想文
「限りなく透明に近いブルー」(村上龍、講談社文庫)
mixiの日記にも書いたが、いつだったか「新装版」が出たというので本屋に見に行ったのだが、表紙からリリーの横顔が消えていた。あかんでしょ、それ。よく村上さんが許したもんだと思う。あとがきを引用すると…
リリーへの手紙−あとがき
小説を本にするという話があった時、装幀をやらせて欲しいと頼んでみた。だって俺はこれを書きながら、もし本にできるならリリーの顔で表紙を飾ろうとずっと思っていたんだから。(後略)
解説が綿矢りさに変わっていた(この本が出た時、彼女いくつだよ?)ので、それだけ読んで本屋を後にした。
綿矢に言われるまでもなく、この小説は強烈な匂いと色彩に満ちている。加えていわゆる「普通の人」には無縁の、ドラッグと乱交パーティーと暴力など。
でもそれだけじゃなく、時にすう〜っと、落ち着く場面がそこここにちりばめられていて、私はそこが好きなのだ。と、高校1年の時の読書感想文に書いた覚えがある。現国の教師は何も言わなかったが、ヘンなヤツだと思っただろうか?「鳥」の話なんてどうでもいい。「解釈文」ではなく「感想文」なのだから。
それにしても…どうして「ヘンなヤツ(ヨシヤマ)」に大阪弁をしゃべらすのかな。大阪弁って、そういう役割なのかな。ちょっと複雑。
早熟なのか普通なのか
「肉体の悪魔」(ラディゲ、中条省平・訳、光文社古典新訳文庫)
原文のタイトルは"Le diable au corps"。どこかで聞いたことがあると思った人は漱石ファン、かな。「三四郎」の中の学生集会の場面で誰かが、"Il a le diable au corps"と叫ぶ場面がある。「三四郎」が1908年、「肉体の悪魔」が1923年だから、漱石がパクったわけではない。フランスではよくある表現なのであろうか?まあ、そんなことはどうでもいいのだが。
ジョークの世界ではフランス人は「好色」だったかな。ユダヤ人は「ケチ」でポーランド人は「マヌケ」とか。「好色」が良くないなら「アムールの国」とでも言いましょうか。
この小説は15歳の少年と19歳の人妻の不倫を書いたもの。当然少年に生活力などないわけで。でもそんなことより「アムール」が大事。自分には決して出来なかったことを「ふ〜ん」と思いながら読んでました。
「躁」と「軽躁」のあいだ
「問題は、躁なんです 正常と異常のあいだ」(春日武彦、光文社新書)
「うつ」について書かれた本はむちゃくちゃ多いが、「躁」について書かれた本は少ない。それでも専門書れべるにならあるが、こうした新書形式のものはほぼ皆無。だからこれは非常にレアな本なのです。
ただ、内容は「バリバリ躁」の人が取り上げられていて、自分のような「軽躁状態」の人にはあまり参考にならない。「バリバリ躁」の人はほぼ等しく「全能感」を感じるらしいが、不幸なことに(?)私にはそれがなく、ただひたすら「強い正義感」に支配されていた。だから職場でのほんのちょっとした「ダラケ」が許されなかった。携帯電話を携帯しなかった上司を詰問、他理不尽な会社の方針に真っ向反対。まったく損な役割で(今でも少し続いているが)、あっという間に休業させられた。
それは置いといて、この本は「うつ病」を患っている人に読んでもらいたい。「うつ病」は常に「躁転」する危険を孕んでいるからだ。「うつ病」以上に「躁病」は怖いからね。
起こらないことが起こる
「0」や「00」を考えなければ、ルーレットで赤(ルージュ)が10回続けて出る確率は、1024分の1。20回連続して出る確率は、1048576分の1。しかし、世界中のルーレットの台数、世界中でルーレットが回される回数を考えた時、10回連続、20回連続は「出ないほうがおかしい」のだ。問題は目の前のルーレットでそれが起こるかどうかだ。
小説の内容とはなんの関係もない確率論(というほどではない)を持ち出しましたが、あなたが博打好きなら読んで損はないと思います。博打に興味がないならドストエフスキーの別の小説を読むことをオススメします。そんな小説です。
盤外でも個性的な棋士
「升田幸三物語」(東公平、角川文庫)
毎年表彰される「将棋大勝」の中に「升田幸三賞」というのがある。「木村義雄賞」も「大山康晴賞」もない。そこがすごいと思う。
棋士は全て棋風を持ち、そこに個性が現れるという(私はヘボなのでよく分からんが)。それでも升田の個性は飛びぬけていたのだと思う。「新手一生」。「升田幸三賞」は新手、妙手を指した棋士に与えられる。
盤外でも個性をいかんなく発揮した棋士である。「陣屋事件」は有名であるが、私はGHQに乗り込んで将棋とチェスを論じたところが好きである。
昨日(2009年6月16日)の名人戦は羽生名人が勝って3勝3敗のタイに戻した。フルセット。まだ名人戦から「升田幸三賞」が出たことはない。さて最終局はどうなるか。非常に楽しみである。